hyakuman_amaneのブログ

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【 100年前に「女一揆」と報じられた「富山県 魚津市の米騒動」の碑は 語っていました! : <歴史の1シーン : その3> 】

 

富山県東部にある魚津市
日本海のすぐそばに
米騒動の碑は ありました

 

こんばんは、百萬です。

 

1918年 ( 大正7年) 。

今から100年ほど前の暑い夏に、日本中に広がった米騒動

この騒動が起こったとき、新聞は「越中の女一揆」と報じました。

 

当時は、米価の急騰で 庶民の生活がドンドン苦しくなっている最中。

当時は、米が圧倒的な主食。富山の小さな漁師町で「食料の一揆が発生した」と報じられると、一気に暴動が全国化・・・

 

この7月に法事で、富山に行きました。

車で移動する途中、「米騒動」発祥の地といわれる富山県東部にある魚津市を尋ねました。

 

というのも、井上真央さん主演の「大コメ騒動」(2021年)という映画を観たことがあったからです。

私は歴史の本も好きですが、歴史のマンガや映画もほんとうに大好き・・・

 

当地には「米騒動発祥の地」という大きな案内板がありました。

そして、近くに木造の大きな 古い米蔵がど~んと建っていました。

 

この米倉から、海の浅瀬に浮かんでいる小船まで、漁師の主婦たちが女仲仕として運んでいたのです。

1俵 約60キロ。当時の女性の体重をはるかに超える重量。

それから100年余りが経ちました。

 

それから・・・日本人のご飯の消費量は次第に減っています。

そのような中、今回 この米騒動について考えてみましたので お知らせします、

 

目 次

 

井上真央さん主演の映画「大コメ騒動」は、主婦たちの命を懸けたエネルギーの爆発が・・・とてもリアル!

 

アマゾンプライムビデオより引用

 

「大コメ騒動」は、想像どおり リアルな描写でした。

ものすごい数の 漁師町の主婦(おかか)たち。

ある日の夕方、大きな奇声をあげて海に向かって走り出します・・・とにかく、迫力満点!

 

小船への米の積出しを止めることが、主婦たちの大きな目的。

みな必死の形相。地元の米が減らなければ、米価はこんなに上がらないはず・・・

当時は、他の地域の米価がすぐにわからない時代。

(もしネットがあれば・・・とは思いますが)

 

一方、私が50年ほど前に学んだ 中学や高校の歴史教科書には、主婦たちが米倉から米俵を強奪?するような挿絵がありました。

それは、まさに一揆のような雰囲気・・・

 

これが どうも腑に落ちなくて、『富山県史』で確認してみました。

すると 富山県米騒動は、主に米が船で移出される港町を中心に 繰り返し起きています。

 

そして、その内容は「米の移出反対か、救済をお願いする」というかなり穏健なもの。

大都市などで発生した打壊しなどはほとんどありません。

「女一揆」とまで書かれた背景には・・・当時のいろんな思惑が絡んでいそうな感じ。

 

一方、この映画は歴史資料に かなり忠実に基づいて制作されている という印象を受けました。

この騒動の主体となった漁師町の主婦たち。

彼女たちが家族のため、特に子どもたちのためにいろいろなことをずっと考え続けます。

 

自分たちが米倉から海まで よろよろと運ぶ米俵が、ドンドン小船にのせられて、海の奥に停泊している大型船へと運ばれていきます。

その様子を見るにつけ、彼女たちは何をどんなふうに感じ、思ったのか・・・

 

主演の井上真央さんが、迷った末についに 主婦たちの先頭に。

そして、おかか(主婦)たちを先導する  おばばの役を 室井滋さんが演じています。

 

・・・室井さんの富山弁は本物でした。

(富山の滑川市出身なので 当たり前ですが、いい味を出してくれています)

 

調べてみると・・・富山県では明治以降、漁師町での米騒動が なんと37回も起きていました・・・だから大正の米騒動もその延長線上?!

 

魚津市にある米騒動のときの米蔵
ここから漁師の妻たちが米俵を
海岸まで運びました

 

富山県内では1918年の米騒動の発祥地が、「魚津市か、滑川市か」で論争があるようです。

どちらも譲らないみたい・・・うちこそが発祥地だ!ということでしょうか。

 

富山県史』によれば、米価が急騰するたびに、富山県では明治以降 それまでになんと37回も米騒動が起きています。

 

その意味では、1918年にどちらの街で早く起こったかということよりも、もっと大事なことがありそう。

富山県では大正時代よりも もっと前から、ずっと同じような「穏健な米騒動」が繰り返されてきた事実に注目する方が重要かも。

 

確かに、1918年に富山の小さな漁師町で起こった米騒動がきっかけとなって、騒動が全国化したのは事実です。

 

けれども、富山県においては、それは単に明治時代からの延長線上にあったといえるのでは。

とすると、1918年の米価上昇がとにかく異常だったので、何かキッカケがあれば全国化する素地があったのでしょう。

 

7月は、ちょうど昨年とれた米が底をつきはじめる時期。そのため、もともと米価がジワジワと上がるころ。

また7月は当時不漁の多い季節。

そこに、米の買い占めが拍車をかけ、すべてがちょうど悪いタイミングで重なってしまった・・・

 

そのような中で、子どもたちに ひもじい思いをさせたくない主婦たち。

米価がドンドン上がり続ける中、たくさんの米が船に積まれて、毎日のように県外に運び出される様子を見て 何を考えたのか。

 

私の妄想はどんどん膨らみました・・・

 

さらに調べてみると・・・1918年(大正7年)の米価は、マックス時に通常の3倍近くに!

 

今は、毎日食べられるお米・・・

 

米騒動の研究」(1962年)によると・・・

明治時代に起きた 富山県米騒動のうち、規模の大きなものは2つ。

主な原因は不作または凶作です。

 

①1890年(明治23年)

このときは、1年半で 米価が2.3倍に。

 

②1897年(明治30年)

こちらは、1年半で1.3倍に。

 

これに対して、1918年 (大正7年)に全国化したときは・・・

国内産米と外米の合計でみると、その前後の年度ごとの「米の確保量」にそれほどの変動がないのに、米価が1年半で2.7倍に。

翌年には3倍をはるかに超えました。

 

明治時代の米騒動と比較すると、米価の急騰率が明らかに違います。

主食が米だった時代だけに、主婦たちは日夜 頭を抱えたことは 容易に想像できます。

 

そして、労働者の賃金は常に後追い。

となると、できることは限られてくることに・・・

 

まとめ

 

米騒動の発祥の地 魚津市の港。
この日は波が穏やかでした・・・

 

米騒動発祥の地」の碑と、すぐ側にある大きな米倉を交互に見つめながら、いろいろな思いがめぐりました。

 

今から100年ほど前の暑い7月。

米価が急激に高くなってしまい、わずかな収入では米が買えなくなったとき・・・

 

かわいい子どもたちの食事の確保にひどく困った 浜の女性たちが、何を思い、どのように行動したのか。

それを考えると、気持ちがよくわかります。

 

井上真央さん主演の映画「大コメ騒動」はとてもリアル!

富山県では明治時代以降、漁師町での米騒動がなんと37回も起きていました!

・1918年(大正7年)の米価は、マックス時 3倍近くに!

 

毎日 ご飯を普通に食べられるのは、とても幸せなことだとつくづく感じました・・・

 

ブログをご覧いただき、ありがとうございました。